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東北大学工学研究科 地盤工学研究室

TEL. 022-795-7437

〒980-8579
仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-06
人間・環境系教育研究棟 303

Geotechnical Engineering Laboratory

地盤研についてINTRODUCTION

地盤研の歩み

 東北大学地盤工学分野は、平成7年4月の大学院重点化以来、工学研究科・土木工学専攻・基盤構造材料学講座の中の一分野として位置付けられている。重点化の際には、それ以前の土質工学講座を引き継ぐかたちで研究分野が継承されており、分野の系譜は故河上房義教授の本学赴任に遡ることになる。50周年の節目にあたり、分野の歩みの概略を述べる。

1.土質工学の研究・土質工学の研究・教育の事始  
 昭和26年、第一講座(応用力学)が設置され、講座内容は材料力学・構造力学・土質工学を含み、学科目としては土木施工(土木機械を含む)土木材料を含むものであった。当初は、教授を欠き仙台工専から転入された今野助教授が土質工学関係を担当されていた。実験室は仙台工専の土質実験室を引き継いでいたので、重点は土質力学にあった。  昭和27年3月、河上房義助教授が応用力学講座に赴任され、本学における土質工学研究の実質的な歩みが始まる。河上助教授は、昭和11年東京帝国大学土木工学科を卒業した後、軍務を経て建設技術研究所、鹿島技術研究所において土質工学の実務と研究の両面での経験をつまれると共に、東京大学の非常勤講師をされていた。昭和28年11月に教授に昇任されて、今野彦貞助教授(昭和36年5月退官)と共に土質工学の研究を遂行されることになる。


2.土質工学講座の開設  
 昭和39年、昭和37から実施された改組拡充3年目に、土質工学講座が開設され河上教授が担当となる。拡充と共に大学院も拡充され、多くの若手研究者が育つ時代を迎えることになる。この当時、全国の大学の土木の講座で土質関係の講座を有するものがほとんどなく(京都大学に土質と土木機械を合併したものがあった)、東北大学の土質講座は全国の大学の中でも先駆的なものであった。  昭和42年には、河上教授は東北大学評議員となり、 これ以降、大学運営に多忙な日々を迎えることになる。この間、講座の研究・教育は、浅田秋江講師(現・東北工業大学教授、昭和34年4月~43年10月在職)、小川正二講師(材料及び構造力学講座所属、現・長岡工業高等専門学校長、昭和40年4月~43年3月在職)らの手によった。


3.青葉山移転  
 昭和44年、青葉山へ移転して以降、河上教授は工学部長事務取り扱い、その後工学部長と工学部の管理運営に尽力され、折りしも学園紛争のさなかにあって多忙を極め、研究・教育にほとんど時間をさけなかった不幸な時代を迎える。一方において、河上教授は昭和47年には日本学術会議会員に選出されるなど、ますます栄達されて日本の土質工学会を代表する研究者としての名声をあげられた。 昭和45年 青葉山移転土質実験室前にて  この時代、講座の研究・教育は、主に柳澤栄司講師(昭和48年に助教授に昇任、現・八戸工業高等専門学校長、昭和43年4月~平成12年3月在職)、森芳信講師(現・日本大学工学部教授、昭和44年4月~47年3月在職)らの手によった。


4.河上教授退官  
 昭和52年3月、河上教授は宮城工業高等専門学校長として転出された。その後も国立高等専門学校協会会長、八戸工業大学学長を歴任されて高専の教育研究環境の改善や私立大学の経営にも力量を発揮された。平成12年10月享年86歳でご逝去されるまで、土質工学分野の発展にとどまらず、工学教育に多大な貢献をされた先生であった。  河上教授が退官の後、第一講座の佐武教授が併任教授として土質工学講座を見られ、柳澤助教授が主力となって講座の運営が行われた。

5.柳澤教授昇任  
 昭和56年10月、柳澤助教授が教授に昇任して、本学卒業者による第2世代の講座が出発することになる。柳澤教授は、昭和38年に本学土木工学科を卒業後、昭和43年同大学院工学研究科博士課程科目修了の後、2年間のカールスルーエ大学(西独)の研究を含み、教授昇任前まで実質的に講座の研究・教育の主力であった。  柳澤教授はこの時代、講座の運営以外に、学会・学科・学部の運営、社会的プロジェクト事業への参画など、多忙を極めた。

       

6.昭和から平成へ  
 昭和から平成にかけて発生した1978年宮城県沖地震1983年日本海中部地震、1989年ロマプリータ地震、1990年フィリピン地震などの地震では、土質工学的な課題がいくつも浮かび上がった。その中味は後述するが、柳澤教授はこれら地震の調査研究を進めると同時に、平成2年にNATOの招待講師としての講演、アルジェリア・イラン・シリア・マレーシア・韓国・台湾・米国からの留学生の受け入れ、欧米での国際会議へ多数の出席するなど、研究活動の国際化の進展が顕著であった。  昭和59年、土質工学会東北支部も30周年を迎え、土質工学の研究領域が定着したのもこの頃である。現在、年次の地盤工学研究発表会は1000件を超える研究発表があり、同学会々員数も13,000人を超える規模となっている。講座は平成4年4月、堀宗朗講師(現・東京大学地震研究所教授、平成3年4月~5年3月在職)、平成5年4月、池田清宏助教授(現・数理システム講座教授)、平成6年3月風間基樹助教授をそれぞれ迎えている。

7.「土質」から「地盤」へ(大学院重点化以降)
 
平成7年4月、大学院重点化の際、研究分野の名称を決めるにあたり、土質工学講座はこれまでの研究分野を継承しつつ、より広範な研究対象領域を持つ地盤工学分野として再出発することとなる。  平成7年、「土質工学会(Japanese Society of Soil Mechanics and Foundation Engineering)」は、学会名を「地盤工学会(Japanese Geotechnical Society)」と変更した。また、科学研究費に係る分類細目も「基礎・土質」が「地盤工学」に、日本学術会議の「土質基礎工学研究連絡委員会」が「地盤環境工学研究委員会」にそれぞれ変更され、これまで、使われてきた「土質」という名称は「地盤」という名称に置き換わった。これは、これまでの土質力学と基礎工学を主たる研究対象としたものが広がり、「土質」と言う名称が研究対象領域を適切に表現していないと判断されたからである。  柳澤教授は、平成9年から2年間、東北大学評議員・地盤工学会副会長を努め、大学の運営・工学教育の改善に時間を取られることになる。大学院重点化から、平成12年4月に八戸工業高等学校長に転出されるまで、土木工学専攻のマネージャー的存在として、専攻を先導してこられた。

8.第3世代目の分野の誕生  
 平成12年8月、風間助教授が教授に昇任し、本専攻ではじめての3世代目の分野担当教授となる。また、平成13年8月、渦岡良介講師を迎え、新たな研究の展開を見据えて、地盤工学分野の運営を行っているところである。

地盤研の教育

教育内容  
 地盤工学分野の学科目は、学部が地盤工学A・地盤工学B・材料実験、大学院が地盤工学・土質動力学となっている。古くは土木施工・土木材料の中で、あるいは道路や橋・ダムを作るために必要となる応用的な側面を中心に教育されていた。昭和50年に「土質力学」の名称が現れるまで、「土質工学第1」「同第2」という枠組みでカリキュラムが組まれていることから、構造物の施工上必要となる工学としての側面が強かったと言える。現在では、地盤は土木材料の一つ、あるいは環境を構成する要素として様々な視点から研究が行われており、それを反映した応用性・学際性の強い教育が行われている。

名著 「土質力学」  
 昭和31年、河上教授の名著「土質力学」が出版され、日本における標準的な教科書として広く全国で読まれるようになった。この教科書は、その後、浅田・小川・柳 澤・森の各氏らの手によって更新を重ね、版を重ねて第7版(平成14年4月現在)となっている。土質力学の分野の教科書としては、これまで日本で最も読まれた教科書の一 つであると言ってよい。


フィルダム建設技術に関する研究  
 河上教授は、米国のフィルダム技術を研究し、土質力学に基づく設計法と土工機械による合理的な施工の考え方を戦後の日本に定着させた。土の締固めや締め固めた土のレオロジー特性、フィルタ-材の透水性や目詰りに関する研究などフィルダム技術に関連する幅広い研究を展開した。特にフィルター材の研究は、その成果が多く引用されるなど工学的に有用なデータを次々と発表した。これらの成果は、実際のプロジェクトにも反映された。

東北地方の建設プロジェクト関連の研究
 河上教授時代、実際のプロジェクトに対する技術課題の受託研究が多く行われた。青森県土性図、石巻工業港/商業港一万トン岸壁の地盤改良、気仙沼漁港地盤改良、川原子ダム漏水調査、牛野ダム(大衡村、アースダム)、相野ダム(横手市、ロックフィルダム)、樽水ダム、山王海ダムの地震観測、手樽干拓堤防、八郎潟干拓堤防、凍結融解期の路床土調査(青森県)、仙台城石垣修復工事、仙台火力発電所地震観測などが代表的な例である。これら研究は、この時代に奉職した助手(阿部泰夫・池内正幸・富樫須弥子・田村日出男・范世亮・吉田満・中村俊夫の各氏)、技官(本郷源喜・大高正憲・伊藤圭司・山崎克範・須藤良清・佐々木静男各氏)の力によるところが大きい。丁度、高度成長期にあって、東北地方の社会基盤が急速に整備された時期でもあった。


土質動力学や地盤耐震研究の夜明け  
 昭和34年浅田が助手に、小川が初めて博士課程に進学する頃から、衝撃力・急速荷重・繰り返し応力を受ける土の強さの研究など、土質動力学や地盤耐震の草分け的研究が着手された。このころから昭和50年初期にかけて、常時微動計・周波数分析器(現在で言うところのスペクトラムアナライザー)・振動計などの振動関係の機器が大量に導入された。昭和36年、小川は「繰り返し応力をうけた土の力学的性質について」で学位を授与されている。これら研究は、土質動力学研究の端緒を開くものであり、柳澤の「アースダムの耐震性に関する基礎的研究(昭和46年)」、森の「フィルタイプダムの地震時応答特性とその耐震設計への応用に関する研究(昭和47年)」、浅田の「軟弱地盤の地震時応答特性とその応用に関する研究(昭和51年)」、江刺靖行の「杭基礎の耐震設計法に関する基礎的研究(昭和55年)」、神山(現・東北工業大学教授)の「地盤の強震動特性に関する基礎的研究」に連綿と引き継がれ、東北大学土質工学講座の特徴的な研究分野として引き継がれた。  この中で特筆すべきは、日本で初めて繰返しによる土の疲労・強度低下を考えたことや、常時微動測定によって地盤や土構造物の振動性状を明らかにしようとしたことなどである。現代のように、電子計測機器やコンピュータの発達した時代と違って、振動データを取得しそれを解析することは、さぞかし大変であったと思われる.いち早くこの分野の研究に着手した先見性は、賞賛に値する。この当時の論文を拝見すると、解析的手法を駆使した考察の丁寧さが特徴的である。

土の熱的性質に関する研究  
 分野の特徴的な研究の一つに、地盤の凍害研究が挙げられる。寒冷な東北地方の特有な現象である凍結融解による土の軟化現象、土の凍上機構、雪の沈降圧力の研究などが行われた。姚義久助手(在台湾、昭和61年4月~平成元年3月在職)は、「舗装道路の凍結深さに関する基礎研究(平成元年)」をまとめた。土の熱的性質は、放射性廃棄物の地層処分問題、高温岩体発電などのエネルギー関連問題を解決するための基礎的研究項目でもある。これら、熱的問題は朴燦燻助手(在韓国、平成7年4月~平成11年8月在職)「透水性飽和地盤の熱移動に関する研究(平成11年)」に引き継がれた。

1978年宮城県沖地震・1983年日本海中部地震の頃  
 1978年6月12日、午後5時14分、宮城県沖を震源とするM7.4の地震が発生し、27名の方が犠牲となった。この地震は、近代的な都市を襲った初めてのものであり、電気・ガス・水道・電話などライフラインの地震に対する脆さを露呈した。当時、講座を担当されていた佐武教授を中心として、宮城県沖地震の特徴的被害であるライフライン施設の復旧や宅地造成盛土被害、液状化の研究などが精力的に行われた。土質工学会東北支部は、「宮城県沖地震被害報告」をまとめた。  1983年日本海中部地震は、宮城県沖地震の5年後に発生したM7.7の地震である。この地震によって、秋田・能代・八郎潟など日本海沿岸部を中心とした地域では、多くの液状化被害が発生した。日本海で発生した津波とともに、八郎潟干拓堤防での被害、液状化による斜面の永久変形が航空写真により確認(能代)されたこと、直径数mを越える巨大な噴砂孔(青森県車力村)が生じたことなどが知られている。土質工学会東北支部では、「1983年日本海中部地震被害調査報告書」をまとめたが、この報告書には,河上・柳澤教授の他、浅田・森・神山・諸戸靖史(現八戸工業大学名誉教授)・飛田善雄(現東北学院大学教授)など当時の主だったメンバーに加えて、塩井幸武(現・八戸工業大学教授)氏をはじめ多数の同窓卒業生の方々がかかわった。液状化研究は、その後の研究室の中心的なテーマの一つになった。黄大振は、「シルトを含む砂の液状化強度に関する実験的研究(平成4年)」を、Fardin Jafarzadeh助手(在イラン、平成7年4月~平成8年3月在職)は、「振動台による多方向せん断の液状化に及ぼす影響(平成7年)」をまとめた。

砂質土のせん断特性に関する研究
 諸戸助手(昭和49年4月~51年3月在職)は、「粒状体の変形と強度に関する基礎的研究(昭和51年)」をまとめ、砂質土のせん断に関する研究として、先駆的な研究成果を挙げた。この研究は、砂のような粒状体へのエントロピー概念の適用を試みるとともに、砂・レキの内部摩擦角の推定方法を確立したものである。  飛田助手(昭和53年4月~60年3月在職)は、「A Micro-mechanical Study on Constitutive Models of Granular Materials(昭和62年)」において砂の構成モデルを微視的に考察し、粒子同士の接触点の数の変化や異方性を数値化し,それを単調時・繰返し時の挙動に応用・定式化した.また、菅野高弘助手(現・独立行政法人港湾空港技術研究所室長、昭和61年4月~平成6年3月在職)は、「砂の変形・強度特性に及ぼす主応力軸方向及び回転の影響に関する実験的研究」をまとめた。菅野助手は、昭和から平成にかけて約10年余り、分野の多くの研究をサポートした。平井弘義助手(元熊本大学助教授、昭和57年4月~58年4月在職)、鈴木輝一(現埼玉大学助教授)、岡本敏郎(現電力中央研究所)の研究も含めこれらは砂や堆積軟岩のせん断特性に関する本学から出た学術研究成果である。

土の水圧破砕現象・薬液注入に関する研究  
 米国ティートンダムの崩壊の原因とされる土の水理的破砕現象に関する研究も行われた。この現象は、ダムのフィルター材や薬液注入工法の原理とも関連して、地盤工学上の未解明の問題の一つである。これに関連して、Ali Komak Panah (現イラン、地震工学研究所教授)は「Laboratory Study of Hydraulic Fracturing in Soils and its Application to Geotechnical Engineering Practice」をまとめ、土の水圧破砕基準を示している。薬液注入に関する研究としては、熊谷浩二(現・八戸工業大学教授)、崔亢吉(現韓国大仏大学教授)「砂質土地盤における薬液注入条件と注入効果に関する基礎的研究(平成9年)」の研究がある。

土の会  
 柳澤教授は、昭和50年代から平成まで、東京にて本学出身の土質工学に携わる研究者の研究会を主催した。この会は、「土の会」と呼ばれ、長期に渡って本学出身者の大学教官や技術開発にかかわる民間企業研究者の交流の場となった。この会を機にして、博士論文をまとめた卒業生も多数存在する。柳澤教授は、八戸高専に転出後も、「環境フロンテア研究会」を立ち上げ、地盤工学分野の先導的研究の道筋を開いている。 問題土に関する国際会議  平成10年10月28‐30日の3日間、土質工学講座出身の研究者が中心となって、仙台国際センターにおいて問題土の国際会議(International Conference on Problematic Soils, IS-TOHOKU,1998)を主催した。海外19カ国から37名の参加者を迎え、世界中の様々な問題土に関する工学的問題が議論された。問題土に関連した研究として、李基豪(在韓国、平成12年11月~平成13年2月在職)は「廃棄物混合土の力学特性に関する研究(平成12年)」をまとめている。

阪神大震災以降の土質動力学研究  
 1995年1月、阪神地方を襲った兵庫県南部地震は、6000名を越す死者を出した20世紀最後の大地震であった。この地震で、高度成長期に整備された高速道路や港湾施設など土木構造物に多大な被害が生じ、日本の土木構造物の安全神話が崩れたと報道された。大被害の反省にたち、我が国はそれまでの耐震コードの抜本的な見直し作業に入った。地盤動力学の分野でも、今更ながら液状化被害の甚大さ、擁壁や杭基礎あるいは河川堤防など土構造物の耐震設計法の見直しが緊急の課題となった。  当研究室では、神戸ポートアイランドの強震記録の解析を中心として、まさ土の液状化特性や人工島直下の粘土層の影響など新たな知見を数多く発表した。また、レベル2地震動に対する土構造物や液状化に対する設計法に関して、先導的な研究を展開した。一連の研究に対して風間・柳澤は平成11年度土木学会論文賞を受賞している。これら研究に関連して、Hamid Reza Razaghi助手(在イラン、平成12年11月~平成13年3月在職)は「Permanent displacement of slopes during the earthquake」を、山口晶(現東北学院大学講師)は「1995年兵庫県南部地震における神戸沖合い人工島の地震時挙動(平成12年)」をまとめ、学位を授与されている。


 ここでは、本分野の教育にも触れながら、この50年間の主に研究の系譜を記録的に記述した。なお、本文を記述するに当たって、研究の系譜の全容を記述するにはあまりにも紙面が少なすぎるため、研究室に在職した諸先輩や課程博士論文を中心に記述させて頂いた。平成14年4月現在までに、当研究分野の主査による博士論文は、31編となっている(巻末資料参照)。本文を記述するに当たり、諸先輩からご教示頂いた様々な情報を頂いた。お礼を申し上げる次第である。

主な受賞歴

昭和44年度
土質工学会功労賞  河上 房義
昭和59年4月
勲二等旭日重光章  河上 房義
昭和64年度
土質工学会功労賞  柳澤 栄司
平成2年5月
土木学会功績賞   河上 房義
平成3年5月
日本災害学会功績賞 河上 房義
平成6年度
日本港湾協会企画賞 柳澤 栄司
平成8年度
科学技術庁長官賞  柳澤 栄司
平成11年度
土木学会論文賞   風間 基樹・柳澤 栄司

バナースペース

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